「そんなのじゃ社会で通用しないよ」の社会は社畜のことである

なので別に通用しなくていい件
 
 
 
どうも!数々のブラック企業を転々としてきた経験を持つAtusiです!
 
 
よく団塊やクソ老害が若い子に対してマウントを取るのに
 
 
・そんなことじゃ社会では通用しないぞ!
 
・社会は甘くはないんだぞ!
 
・社会ではやっていけないぞ!
 
 
といった「社会」という言葉を使って脅してくることって多いように感じます
 
しかし社会なんてのは別に働くひとだけでなく、子供からお年寄りまでの人々が集まることで自然と社会というものは形成されているはずなんで、ここで言う社会でやっていけないって理論がおかしくなるんですよね
 
 
 
前々からずーっと感じていたことなんですが、こういうマウント取るクソ連中の言う社会っていうのは、社会では無く社畜という言葉に置き換えるとすごくスッキリして納得できるんですよね
 
そしてこの社会でやっていけないという言葉でマウント取る連中の社会とやらに、むしろ適合してはいけないとすら私は感じるんですよ
 
 
今回は奴らの言う社会というものは社畜という言葉の意味だということを記事にしていこうかと!
 
 
 



これを言われた私でも別に普通に生きている

この手の社会でやっていけないぞシリーズに関していくつか言われたのですが、そんな私でも今では普通に生計立てて生きています
 
本来の意味であれば社会というものは上にも書いたように人間の集まりでしかありませんし、別に問題なく過ごせているんですよ
 
 
しかし社会という言葉を社畜という言葉に置き換えると確かにやっていけなかったですし、マウント取られた時に特にその手の事に関して改善もしようとしませんでした
 
そういう意味では社会というのは社畜だと感じましたし、他にも傍目でこの言葉を言われている人間を見てきましたが、確かに社畜であれば適正が無いような人が多いなって感じるんですよ
 
 
そもそも受け入れても何の得にもならないどころか不利益にすらなる理不尽を一方的に受け入れろと強いた挙げ句、それに少しでも反抗すればこんなマウント取って我慢できなければこうやってけなせばいいとかどんなゴミクズだよ・・・って思って見ていましたね
 
私の知る限り、この言葉でマウント取る連中の100%が法などをガン無視して独自のクソルールを一方的に無言の圧力で強いてくる様な連中が多いです
 
 
社畜だとその様な「空気を読む」とかクソスキルの習得を強要させられますし、クソルールの押しつけに失敗した奴らがコレで「クソルールを受け入れないお前が悪い」という責任転換をしてくることが多いのです
  
  
 

自分の能力の低さを棚に上げて井の中の蛙を証明している証拠

この「社会でやっていけないぞおじさん」を今まで沢山見てきましたが、私の見た限りではただの一つの例外も無く視野が狭くて能力の低い連中ばかりです
 
転職とかもせずに一つの会社にとどまり続けて井の中の蛙の状態になっている証拠なんですよね

 
自分の能力も行動力も度胸も無いから同じ場所にしがみつくしかなく、そしてしがみついたとしてもその会社が存在していただけであって別にお前は偉くないと言いたいような連中ばかり
 
そして勤続年数が長いという理由だけでとりあえず若いやつを叩くのにこの言葉を使うクズが多いんです
 
 
もし仮に何回か転職を繰り返せば、今いる狭い社会とやら以外にも世界があることを知っているはずなんで、一つの社会で駄目だったとしても別の社会ではうまくやれるという事を知っているはずなんで、口が裂けてもこういうことは出ないはずなんです
 
この言葉でマウント取る連中は他の世界を知らない上に、自分の能力と視野の低さを棚に上げて、さも世界すべてを見た気になって若い芽を潰そうとするクズだと断言できるんですよね
 
 

これを言う奴は自分が気に入らないからそれっぽくマウント取る

後、この言葉でマウントを取る連中の傾向として相手の事を心配してとか思っていることって1000000%絶対にありません
 
せいぜい思っていることと言えば
 
 
「とりあえずあいつが気に入らないから叩きのめそう」
 
 
とかそういう思考以外何も無いんですよね
 
 
事実、こういう事を言うクズは自分のお気に入りがどんなにやらかしたとしても口が裂けても言うことはありません
 
逆にどんなに優秀なやつが成功を納めたとしてもイヤミのように吐く場面を何度も見てきました
 
 
そしてこの言葉を言われるのは社畜に適正がないような真っ当な感性を持った人が多いです 
 
そんな社畜という肥溜めの様な環境から出ようとする連中の足を引っ張って沈めたいだけなんですよ

 
そう考えると既にもうマウントを取るとかそういう次元じゃなくて、ただ単に能力の低い雑魚が自分の人生の負け惜しみ言ってるようなものなんですよね

 
 
 

終わりに・奴らの言う「社会」とやらに適合してはいけない件

なので奴らの言う「社会」というところでやっていけないとか言われたとしても気にする必要がありません
 
というかむしろ奴らの社会とやらに適合してはいけないくらいなんですよね
 
 
 
この言葉で脅してくる奴らは誰ひとりとして信用する必要なく見下すくらいでちょうどいいバカばっかりですし
 
「あ、こいつ人生の負け組なんだな」
 
って思うくらいでちょうど良いです
 
 
こんな言葉で説教垂れる連中が周囲に居ても落ち込む必要はありませんし、むしろこんな事を言う連中が居て、それを賞賛する様な声があるような環境は間違いなく社畜環境のクソ底辺であることが多いです
 
 
本来の社会という言葉はただのコミュニティとか集団という意味でしかありませんし、それなら通用しないような狭い環境をとっとと捨てて、通用する様なコミュニティを探せばいいんですよ
 
なのでそういう連中がマウントを取る社畜環境からは抜け出して、もっとまともな人がいる社会とやらを目指すべきだと断言しますね
 



 

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