「死ぬ気でやれよ、死なないから」と言った杉村太郎は47歳で病死した

死ぬ気で頑張った先にあったのは死でした

 
どうも!不謹慎だけどこの事実を知った時に笑ってしまったAtusiです!

多分この人よりも「死ぬ気でやれよ、死なないから」の言葉のほうが有名な人なんじゃないかな?って思ってます

というか私も最近この言葉を言った人を知りましたからね
 
 
これを見て、やはり死ぬほど頑張るってのは無駄な行為なんだなって本気で思いました

今回の記事はこの言葉に対してアンチしてみようかなと

 



死ぬ気でやった先にあるのは過労死

今の御時世はただでさえ長時間労働による過労死が問題になっているので、死ぬ気で働くと本当に死んでしまいます

この言葉を言った人間が47歳という若さで病死してるんだから身体を張ったギャグです

それだけ身体を酷使してるとダメージは大きいと断言できますね
 
 
何かを成し遂げるために死ぬ気でやって死んだってのはだいぶご遠慮したいです
 
成し遂げた後のメリットは生きているうちに受けたいもんですね
 
 

 

適度に休憩を取ったほうが効率がいい

身体ってのはある程度は回復はしますが、許容範囲を超えると再生がしなくなるので、無駄に過労を重ねるってのは意味を成さないどころかただの馬鹿だと断言できます

人間は過労状態で物事をこなそうとしても、絶対に良い成果は出ないです
 
仮に過労状態で出せるような凄いやつは、疲れてなければもっと良い成果が出せるんですよ
  
 
世界大戦時の日本みたいに極限の状態で精神論を振りかざすよりも、余裕があって休憩が取れてたアメリカのほうが戦果出てますからね
 
(物量の事もあるからちょっと違うかもしれないけど・・・) 

 

死ななくても取り返しのつかないダメージが残る可能性がある

この言葉はいくつかの会社で無茶苦茶な残業を押し付けられた時に言われましたが、間違いなくあのまま続けていたら過労で死んでいたと実感してます
 
日付が変更されるほど働いてた時は頭がクラクラしたし、三交代で16時間勤務になってた時は車に乗ってて反対車線にはみ出そうにもなったし、睡眠も全然取れないし吐き気もしていましたし・・・
 
 
このことを相談したことがあったけど「俺はこんな生活を何十年も続けてるけど死なないから大丈夫」って言われた時は

だめだこいつ・・・

って思いましたね

多分あのまま続けていたら事故で死んでたか、精神が狂って自殺か・・・
 
そこまでいかなかったとしても相当なダメージを追っていたのは確実でしょうね・・・

過労死しても責任は取ってもらえない

そして仮に死ぬ気で頑張って死んでしまったとしても誰も責任を取ってくれませんし取ることもできないのです
 
死んだときに誰かがふっかつのじゅもんとかで起こしてくれるなら一回くらい無茶してみるのもいいかもしれませんけどね
 
 
実際のところは「自己管理がなってない」だと「本当に死ぬまで働くやつがあるか」とか言われて終わりですからね
 
強要した側が責任なんか取る気もさらさらないですので強いるほうが得するだけです
 
 
それに会社員とかで死ぬほど頑張っても手柄は横取りされるだけでメリットもありませんからね
 

終わりに・死ぬ気で頑張るメリットなんかまったくないよ

何処かに雇われになった場合、苦労をすればするほど利益は見合うものではなくなるので、むしろ死ぬ気で頑張るよりは

会社では「努力は報われる」は嘘。クビにならない程度の頑張りで良い
 
こんな感じで最低限の労力だけを放出するほうが効率が一番いいですからね

死ぬ気で限界まで働くよりも、ある程度力を抜いて最低限の労力で、最高効率の成果を出すほうが私は良いと思うんですが、未だに苦労至上神話が崩壊してないってのは驚き
 
上にも書いたけど、死ぬ気で頑張る等という精神論を振り回す時点で世界大戦の異常な状態から抜け出せてない
 

だからこそ死ぬ気で頑張るなんて阿呆らしいですし、どうせ頑張るなら死ぬ気で頑張らないといけないような環境から抜け出す事に労力を使ったほうが長い目で見てずっといい
 
今は死ぬ気で頑張っても長い目で見て成果は良い事無いでしょうし、上げた成果も搾取されるだけなら程々の頑張りで良いんじゃないかなって感じますね
 
 
 



 


 
 
 
 
今は転職サイトやエージェントも数多く存在していますし、死ぬ気で頑張る必要がない会社を目指すのが一番いいですね
 
というか普通に仕事をして生きるだけで死ぬような事になることが本来であればおかしいことですし、そんなことを強要させられるのであればさっさと逃げ出すべきなんですよ
  

  

 

 

 

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